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2010年04月30日

Today's affair

たまには、音楽ではない話を。

今日、スピーチ・セラピストのセッションを受けて、
帰りにタクシーを拾って帰ろうとした。

金曜だからか、時間帯か、一向に捕まらない。
タクシー難民と化し、あちこちのタクシースタンドに立ち寄ったが、捕まらない。
しょうがない、電話で呼ぶかと、うろうろしていた所に、

「すみません。タクシースタンドはどこですか?
 この辺りが一番捕まると言われたので、立って待っているんですが捕まらないんです。」

日本語で書いたが、完璧なアメリカン・イングリッシュで、話しかけられた。
東洋人だけど、日本人だか韓国人だか区別がつかなかったので、
私も完璧なアメリカン・イングリッシュ(もどき)で、

「私もタクシーを探しているんです。確かにここが一番捕まるんですけれど。」
と答えた。

その後、英語で少しやり取りした後、

「もしかして日本人の方ですか?」と日本語で聞かれたので、

「そうです。」と日本語で答えた。

ショートパンツにリュックという格好だったので、

「旅行者の方ですか?」と、聞いたら、

「いえ。住み始めました。赴任5日目で、右も左もわからなくて。」とのこと。

英語の発音からして、日系ではなくて、欧米の企業か?
しかし、会社員っていう雰囲気じゃないわ。

「タクシーを2台呼びましょうか。呼び方は知ってるんです。」と言われたので、

「よろしいですか? では、お願いします。」と答えた。

電話をしている最中に、空車が来る。

「あっ、どうぞ。先に乗って下さい。」(彼)

「えっ! でも、いいんでしょうか...?」(私)

「どうぞ。どうぞ。またその内来るでしょう。」(彼)

「ありがとうございます。では、すみません...。」(私)

「またどこかで...」(彼)

「そうですね。またどこかでお会いしましょう。」(私)

私は車に乗り込んだ。

残念だったのは、私好みの男性ではなかったこと。
そうであれば、「一緒に乗りませんか?」と言ったのに(笑)

あっ...ちょっと問題発言ですね。

でも、あの発音は、心地よかった。

以上、今日あった出来事でした。

2010年04月29日

Strings rec.終了

昨日、無事にストリングスの録音終了しました。

当初、大編成になった場合は、北京での録音も候補に上がっていましたが、
アレンジと私の音楽のテイストを考えて、当初より少し編成を小さくし、
シンガポールでの録音となりました。
それでもカルテット以上の編成の録音は初めてなので、エキサイティング!
共演はSSO(シンガポール・シンフォニー・オーケストラ)の皆さん。
いやいや、皆さんプロです。
あっと言う間に終了。
しかも、素晴らしい音。文句なし!

ディレクションはアレンジャーさんにお任せしていればいい訳ですが、
生意気にもストリングスのメロディー、かなりの箇所を変更させて頂いたので、
相変わらず、横にびっちりくっついて、目を光らせている私です。

譜面と皆さんの演奏に、眉間にシワを寄せてチェックを入れている私を見て、
アレンジャーさんに「sachiyo、そんなに神経質にならないの。Just feel it!」と言われ、
「そうだ。これじゃー、あら探しだわ。」と反省。

前回の曲のアレンジャーさんとはまた違う人なのですが、
この方もシンガポールを代表するアレンジャーです。
手掛けた曲名を上げれば、アジア好きの方には、知っている曲ばかりだと思います。

「うちの自宅スタジオに3回も押し掛けてきて、ギャーギャー言う
 クライアントは初めてだ。」と言われ、私はとても迷惑がられました。
だって、電話やメールで「音の表現」って、難しいじゃん。

「音楽」を交流する時は、相手の意見や立場を尊重しつつも、
お互いの懐に踏み込み、踏み込まれが大切なわけで、
私も当初は遠慮していたのですが、段々、遠慮がなくなって来て...。

でも、英語、というかシンガポールって、仕事しやすいなあと思いました。
「遠慮しないで、言いたい事言ってごらん。I don't like it!って言えばいいんだよ。」
と言われ、いや、さすがに"I don't like it"は最終手段でしょ...とは思いましたが、
でも、言っていいって。
理にかなった事を言うのが、鉄則ですけどね。
妥当な理由だと、また"You are right!"とはっきり言ってくれるし...。

このストリングスアレンジをして下さったアレンジャーさんとも、
何かとてもいい関係を築けた気がするなあ。
彼は子供の頃に、シンガポール代表で、日本のピアノのコンテストにも出場していて、
日本びいき。特に京都が大好きだそうです。

しかしこの楽曲、壮大なバラードで、プロデューサーは私です。
大丈夫か?アタシ。
がんばらないと。

本格的なヴォーカル録りを月曜に終了して3日経ち、ふと思った事がありました。
そして、1stアルバムをもう1回自分で聴き直し、大事な事に気がつきました。

今回、エグゼクティブ・プロデューサー、楽曲のプロデューサー、
アレンジャー、ヴォーカル・プロデューサー、スピーチ・セラピスト等、
「私の歌」に対して、色々な事を言う人達がたくさん居てくれています。

全て自分一人で決めて来た私に、それはありがたかったり、おもしろかったり、
戸惑ったり、と色々な感情が、沸き上がって来ます。
ターゲットがアジアの人々なのですから、アジアの音楽のプロである彼らの
言う言葉に耳を傾けるのは大切なことです。
しかし彼らは、真っ先に「私の想い」を優先してくれているのも事実。
それならば。

This is my music.
Music is highly personal.
sachiyo, what do you want to achieve?
Let's listen to the voice of my heart and think what I have to do now.

日本は今日からゴールデン・ウィークですね...。

2010年04月27日

2nd Rec.終了

録音2日目、ヴォーカル録り終了しました。
スタートが17:00で、終わったのは夜中の3時でした...。
ディナー休憩を1時間取った以外は、9時間は立ちっぱなしで
歌っていた事になります。

プロデューサーの求めるレベルが高いのなんの...
と、録音を見ていた、周囲の人間は言っていましたが、
いや、私が思うに、彼はまだそれでも最高に厳しかったとは思えない。
少々、お情けをかけた点はどうしても見えた。
くやしい。
アジアのスーパースター達と仕事を共にしているプロデューサーである。
要求が高いのは当たり前のこと。
そのリクエストに100%応えられない自分が不甲斐ない。
プライベートでは褒められるのが大好きなワタクシですが、
褒めんでいい。徹底的にしごいて欲しい。
これが終了した時点で思った感想でした。

思った以上に苦戦しております。
1stより2nd、そして今回の3枚目と、
音楽性も歌唱力も向上しなくてはいけないのはもちろんのこと、
ターゲットが広がっただけに甘い事は言ってられない。

しかし。
感心するのは、そして本当にありがたいのは、この長時間の録音に、
誰一人として泣き言を言わないこと。
眠いだの、疲れたのだのが、一切出ない。
誰だ、シンガポーリアンは、甘いし、ゆるいし、ねばり強く無いだの
言ってるのは?
そんな奴は、今の私のプロジェクトチームに誰一人としていない。
今回、私は制作チームに本当に恵まれました。

1stや2ndアルバムに収録しているオリジナルの英語版も録り直す事から、
前作の録音環境のクオリティーに出来るだけ近づけようと、
現エンジニアさんが手を尽くしてくれています。
過去のアルバム、私の歌の未熟さは置いておいても、
録った環境設備、音質は最高レベルのものです。
スタジオはavexが「アコースティックな音楽を究極的に追求するため」に作った
録音スタジオとマスタリングルーム。
特に私が使用したマイクは、"Legendary"(伝説的な)と言われている、
1本150万円するコンプレッサーマイクです。

現エンジニアさんは、私の為に前作に限りなく近いマイクを、
60万円かけて購入してくれたそうで、その事は本人からではなく、
周りのスタッフから告げられました。
しかし、ヴォーカルブースで目にしたのは、前作と全く同じモデルのもの!
私は驚いてエンジニアさんの顔を見ると、
「前の録音の時を思い出したかい?日本で録った時の事を思い出して、
リラックスして歌うんだよ!」とウィンクされました。
アシスタント君に聞くと、彼はシンガポール中探してくれたそうで、
シンガポールで、1本しか存在しなかったそうです。
もうアシスタント君達は、カメラ小僧と化して、写真を撮りまくってました。

私はこの事を最初の録音の時に知り、とても感激して、
何か自分に出来る事はないかと考えました。
もちろん、最高のお礼は最高の歌を残すこと。
そして、何かもう一つ...と思い、今回はスタッフ全員分のお弁当を作って
スタジオ入りしました。

「こんなこと、しないでくれー、sachiyo!」と怒られちゃったけれど、
みんなとても喜んでくれました。
シンガポールには日本食のレストランがかなりの数あり、
シンガポーリアンは欧米人以上に日本食に詳しいです。
でも、私の作った家庭料理(きんぴらごぼう、こんにゃくの煮物...etc)は、
みんな「初めて食べるー。嬉しー。」と本当に楽しそうに食べてくれて、
作った甲斐がありました。
こんにゃくを英語で"Devil's tongue"(悪魔の舌)という言い方も
するという事を、今回初めて知りました。
変なの(笑)
あと「こんにゃくって、こんにゃくゼリーのこと?」とも聞かれ、
あんたら、こんにゃくゼリー知ってるんかい!?と、これもびっくり。ははは。

さあ。
まだまだ録音は続きます。へこたれてられない。
明日もまたシンガポール初体験。ストリングスの録音です。

2010年04月24日

Michelle

全編英語アルバムを作る事になって、真っ先に収録しようと思った曲が、
"Michelle"です。
私がこの世で最初に作った曲で、1stアルバムに収録しています。
シンガポールで最初に友達になったオーストラリア人の女の子をテーマに、
私の作曲活動はスタートしました。

題材に取り上げるだけの十分なエピソードが、彼女と私との間にはありました。
そのエピソードについては、ここでお話すると、
また私の性格の悪さを露呈する事になるし(^_^;)
私のアルバムを購入して下さったり、ライブに足を運んで下さった人は
皆さんよくご存知だと思うので、説明を控えます。
ご存知ない方はアルバムを買って下さい(笑)
日本ではホームページ上で。
シンガポールでは紀伊国屋でご購入頂けます。
本当にたくさんの方に愛され、支持して頂いた曲です。

今回、Newアルバムに英語で収録するにあたって、
まず新アレンジにすること、そしてよりPOPにすること。
私は明確な方向性を決めていて、
英語版になった際に、私の希望に最も近いサウンドを作ってくれるに違いない
アレンジャーを自分で指名しました。

英詞については、まずこの曲は自分で作詞をしないと決めていました。
私はこの曲に感情移入し過ぎているので、別の作詞家に頼んだ方がいいと思ったから。
しかし原曲の日本語詞を全て一字一句英語に訳し、
「核」の部分をきちんと理解して貰うよう、説明を繰り返しました。

それぞれにブリーフィングを終えて、上がってきたもの。

まずアレンジャーは、1コーラスアレンジをし終わった所で、
「この方向性でよいか?」と確認の連絡をして来てくれた事が嬉しかった。
この曲への私の想いを大事にしてくれている証拠だから。
最初に聴いた瞬間、「私が言いたかった事がちゃんと伝わっている!」という
手応えを感じました。

そして、歌詞の方。
まず作詞家自身に私は非常に縁を感じました。
なぜなら。会った時に、同じ時計をしていたから。
それは決してポピュラーな物ではなく、私が10年前に日本で購入した金の細い時計。
彼女は同じモデルのシルバー。
同じく10年前にシンガポールで購入したと言っていました。
あのレアな時計を、それぞれ同じ時期に違う国で購入している事が奇跡です。

そして上がって来た歌詞は、お見事!
中でも一行、最も惹き付けられたフレーズがあり、
なぜ私とMichelleの間に、ある悲しいエピソードが出来てしまったのか。
それを説明してくれている内容でした。
そうか、私はその事を怠ったから、彼女と離れ離れになってしまったのだ...と
涙が出ました。

アレンジ、歌詞、共に方向性にOKを出した決め手は、
Michelleと遊んだ時に一緒に見た「オレンジ色の夕日」がはっきり見えたこと。
風や匂いが、鮮明に脳裏に浮かび上がって来ました。

そこから、アレンジャーと作詞家と、また長いやり取りがあった訳ですが、
英語版の"Michelle"はついに出来上がりました。

日本語版は、自分の心の中でお話している内容ですが、
英語版になった事で、直接Michelleに語りかける要素が強くなりました。
また面白いのは、この英語版のアレンジに日本語の歌詞が全くのらない!(笑)
完全に「英語曲」になってしまいました。

けれど...英語版になった事で、いつかMichelleに会えるのではないか、
という期待が大きくなりました。
なぜなら理解出来る人種が増えるから。
世界中の人に聴いてもらう事が出来るようになるから。
すなわち、それが私が最も収録したかった理由だから。

このヴァージョンなら、彼女に会うのは現実のものになるかもしれない...。
後は、私が歌の命を吹き込める事が出来れば、完成です。
Michelle...まもなくレコーディングです。

▼Michelleと私。共に4才の時です。
michelle.jpg

2010年04月18日

録音初日終了。

1回目のレコーディングが終了しました。
結果は、ヴォーカルは惨敗。
あまりのハードスケジュールに体調コントロールが上手く行かず、
本来の声が出せませんでした。
録リ直しです。

ただヴォーカリストとしては失敗でしたが、
プロデューサーとしては、ピアニストの良い音だけは確保出来たので、
それだけは良かったです。

というのも。
あまり録音内容の種明かしをするのはどうかと思いますが、
一般的に、特にポップスの場合、オケを先に録って、
ヴォーカルは後からかぶせるというやり方がほとんどです。

しかし私の場合、1stも2ndアルバムもいわゆる一発録り、英語では"live recording"、
つまり楽器と一緒にライブで録音する方法を取って来ました。
これは私が元々ジャズ出身で、ミュージシャンもジャズの心得がある人が多く、
「バックバンドとヴォーカル」という形にならないように、
「楽器との調和」を基本に歌う事を大切にしているためです。
しかしヴォーカリストとしては、最も技量が試される方法です。

全楽器の演奏、全てに耳を澄ませて、自分の歌い方を決める、
しかも「歌詞」がきちんと聴き手に伝わるように歌う。
冷静さと、相当のコントロール力が必要になります。
今回はジャズアレンジだったので、尚のこと。
くやしい。反省です。

アルバム全体のプロデューサーは私ですが、
各楽曲の方向性を指示するプロデューサーは居ます。
その曲のアレンジャーが兼務しています。
録音に入る前に「今日はどうするか。」と聞かれました。
「ファイナルテイクにするつもりで、臨みます。
しかし良ければの話です。ダメだったら録り直しさせて下さい。」と、
既に本調子でない事がわかっていたので、正直に伝えました。

2度録って、ああ今日はダメだなと判断しました。
プロデューサーに「sachiyo、どうだ?」と聞かれたので、
「ごめんなさい。今日はダメです。私の歌はここで終えたいと思います。
 ピアノの音づくりに集中しましょう。」と答えました。

こういう時は割り切りが肝心です。
自分の良い音を追求したいという我を通して、
ピアニストの音まで損ねてはプロデューサーとしては失格です。
しかもジャズアレンジだけに、呼んでいるのはジャズピアニストです。
彼らは一発入魂タイプのミュージシャンなので、
士気が下がらない内に良い音を録っておかなければなりません。

しかし楽曲プロデューサーの試合運びは見事でした。
ピアニストのモチベーションが上がる言葉選び、具体的な指示、
明確なゴールに向かって、着々と音を作っていきます。
そして、箇所箇所に応じて、必ず私に最終決断をさせます。
"Acceptable?"(受け入れられるか?)と。
こういう場合、最もいけないのは、まごつくことです。
「OKです。」わからなければ、「もう一度聴かせて下さい。」など、
即時に、そして明確に答える事が鉄則。
私の音楽を尊重してくれているが故に聞かれる質問に対して、
わかりやすく答える事が最低限の礼儀です。
それだけは何とかやれました。

ピアノの音がみるみる高揚して、すばらしいソロが録れました。

この日の最高の目標値には行かなかったけれど、
まずはやっておかなくてはならない事は時間内に終えられました。

録音ブースから出て来ると、一番近しいスタッフに、
「全員ヴォーカルはいいと言ってたよ。ダメなの?」と聞かれました。

曲は悲しい内容だし、歌い上げるよりはさらっとカジュアルに歌った方が
いい歌なので、雰囲気的には丁度良かったのかもしれません。
しかし、自分の最も良い声を知っているのは、他の誰でもない私自身で、
私がNoである限り、Noなのです。
「うん。残念だけど、今日はここでやめとく。」と答えました。

この日は、もう1人別のピアニストにも入って頂いて、もう1曲録りました。
しかし歌はピアノのガイドラインとして仮入れするのみで終了しました。

少し自分に甘い発言をするとすれば、
シンガポールでの初めてのレコーディング。
基本的な事は同じでもやはり日本とは進行方法が違います。
勝手がわからない、全てが英語の専門用語で進行する。
ヴォーカリストとプロデューサーとしてのプレッシャー。
大変な緊張を伴いました。
2曲とも、その日のやるべき事を時間内に終えた、
というだけでも成功かもしれません。

しかし私はやっぱりもっと上を目指したい。
この日出来なかった事は、もう2度とやらないようにしよう。
方法は理解したので、次回はもっと積極的に指示しよう。

私は、かなり甘ったれな性格ですが、
こと音楽に関しては、スーパー硬派、そしてドMです。

2010年04月13日

Recording...coming soooooon!

相変わらず殺人的なスケジュールを送っております。

収録曲11曲の内、3曲のアレンジが仕上がり、いよいよレコーディングです。
1曲は「デモ10」まで行ってしまいました。
アレンジャーさん、本当によく絶えてくれた...。

1st、2ndアルバムは、全曲仕上げてから、一度で一気に録ってしまいましたが、
今回は終わった順番に録って行きます。
5月中旬までかかりそう。瞬発力と持続力の両方いるなあ。

先週からリハーサルがスタートし、ミュージシャンとの触れ合いが多く、
現場復帰感が増して楽しかったです。

少人数編成の曲のリハだったので、ミュージシャンの自宅スタジオで行いました。

ある日は、HDB(シンガポールの公団住宅)の一室。
また次の日は、イーストコースト付近にあるコンドミニアムの一室。
更に次の日は、シックスアヴェニューにあるコンドミニアムの一室。

今回嬉しかったのは、再会を果たしたミュージシャンが居た事。
別々のバンドだったので、共演はしなかったけれど、
2006年に汐留で開催された"Singapore Food & Culture Festival"で
一緒に出演したピアニストと今回は共演します。
「あの時は寒かったよね〜。」なんて話して。
ピアノはもちろんの事、性格も本当に可愛らしい人で、
プライベートでも仲良くなれそうです。

もう1曲は、久しぶりのジャズアレンジです。
ジャズなので、ジャズ的にリハーサルを進めましょう。
まずは説明なしで、取りあえず演りましょう。
あなたの体から最初に沸き上がってくるものをまず聴かせて下さいと伝えました。

日本語で書くと、結構恥ずかしい事言ってるなあ(^_^;)
英語だと躊躇無く言えるのですが...。

で、1回さらっと演ってみて。
ちょっと注文つけてもう1回演ってみて。
せっかくだから確認でもう1回。
で、終了。
初対面。3回さらっただけで、レコーディングに入る。
何だか凄いなあ。ていうか、いいのかこれで。
でも、かなり厳選してミュージシャンを指名した訳だし、
ジャズの場合リハーサルをしても、
録音当日に同じ演奏になるとは限らないので、丁度いいのか。
でも、ちゃんと練習しよう。
歌手は「歌詞」があるので、単なる楽器にはなれないのだ。

リハーサル以外にも夜はライブハウスに2件行きました。
一つは、今回のアレンジャーがベーシストとして、
また別の曲のピアニストも一緒に演るというので遊びに行きました。
3セットある内の2セット目スタート直前に行って、隅っこに座っていたら、
私の話をしながらステージに上がろうとしていました。
「やばい。隠れようかなあ...」とこそこそしていたら、見つけられて
「sachiyo! 来てるなら言ってくれよ!」と声を上げる2人。
何もステージ上で叫ばなくても。みんなこちらを見て、恥ずかしかった。

曲はポップス中心、しかし演奏はジャズ的。
ジャズの曲の進め方は、フリーな様で一応セオリーがあるのですが、
リハなしでやった場合は、問題はエンディングはどう着地するのかという点。
何だかぐるぐる回してて、着地悩んでそうだなあ...どうすんだろ...と
にやぁ〜と笑っていたら、2人も私を見て笑っていました。

セットが終わると駆け寄って来て、
「ごめんねぇ。リハやってないから、何だかジャムセッションみたいに
 聞こえなかった? あなたは、わかるだろうから。」と言われ、
「え〜楽しかったよ〜。大丈夫。お客さんはわかってないし(ごめんなさい)、
 お金を払うレベルは優に超えてるから。」と答えました。
今、考えると随分偉そうな事を言ったと反省です。
ミュージシャンは、ライブにミュージシャンが来られると、もの凄く意識します。
にやぁ〜と笑ったりするのは、控えよう...。

あまりに楽しくて最後まで居たら、あっと言う間に夜中の1:15!
でもすぐに目の前にあるタクシーに飛び乗って、1:30には自宅に着きました。
これが狭いシンガポールのいい所。
ちなみに行ったのはBlu Jaz Cafeです。
以前シンガポール政府観光局さんのメルマガで、
「シンガポールのおすすめのミュージック・スポット」を
ご紹介しましたが、ここの事を書くのを忘れました。
カジュアルで、楽しいライブハウスです。
友達のジャズピアニストのAyaちゃんも毎週土曜日、ここで演奏してます。

翌日は、全くジャンル違い。
中華ポップス一色のライブハウス。
その日出演するヴォーカリストが、一緒にお仕事が出来そうか、
実はジャッジしに行きました。
とても素敵な歌い手さんでしたが、お互いのカラーが違うと判断し、断念。
でも爆笑したのは、何と「ドラえもん」を、しかも日本語で歌ったこと。
「アンアンアン。トッテモダイスキ、ドラエモン!」と、
カタカナ発音ではありましたがお見事でした。

しかし、チャイニーズ系のこういうライブハウスがある事を初めて知り、
新しい発見でした。
場所はPan Pacific-bridge。Kenko fish spaの隣です。

何だか色々ドラマが産まれて来て、面白くなって来ました。
さあ、今週金曜日から、ついにレコーディングです。
"Brilliant"な声が出せますように。我加油!

2010年04月02日

Sorry for my long silence...

ごめんなさい。生きてます。

日本から戻って来てからの3週間あまり、実は喉の調子のアップダウンを
繰り返していました。
耳鼻咽喉科の先生と、スピーチセラピスト(言語療法士)と
ヴォーカル・コーチが三位一体となってケアをして下さり、
ここに来て、ようやく声帯の調子が安定しました。
3人の先生が横同士でも連絡を取り合って、心を尽くして下さっています。

中でもスピーチセラピストという職業の方と私は初めて接触したのですが、
セラピストというだけにとても優しく接して下さって、
歌手にとって「声」がどれだけ大切なものか、メンタル面も十分に
サポートして下さいました。
徹底的に私の発声を見直して、くせや弱点を細部に渡って、
ああやってこうやってと指導改善して下さり、
「さあ、声を出してご覧なさい!」と言われ、声を出した瞬間、
今まで自分でも聴いた事がないツヤと伸びのある声を出す事が出来、
鳥肌が立ちました。

"Sachiyo, that's your real voice!!"と先生に言われ、
私は大泣きしてしまいました。
自分の声に感動したのは、産まれて初めての事で、
先生も「私も長い間、色々な声に取り組んで来たけど、
これだけの質の高い声に出会ったのは初めてだわ。感動です!」
と一緒になって、涙を流してくれて...。
ようやく、薬とマスクが友達という状況から抜け出す事が出来ました。

そして問題のアルバム制作。
今回は1枚のアルバムに3人のアレンジャー、3人の作詞家、
楽曲の提供をして下さるアーティストも居て、全ての関係者を含めると
とんでもない数の人間が居ます。

その頂点で、プロデューサーとして全ての指示と最終決定を下しているのが私です。
全員が初めましてのメンバー。
しかもシンガポールの音楽業界のみならずアジア全土で活躍している、
超一流の音楽人達です。
その大物の彼らを束ねているのが、一番未熟なこの私。
とは言っても、私も日本で着実に経験を積み、
それなりに修羅場をくぐってきたつもりです。
とにかく、私の音楽と歌に賛同して貰い、私が何を目指しているのかを
しっかりわかってもらうこと。

「彼らを本気にさせたい」

その一心で、3月一杯、自分の全ての時間を彼らとの関係構築に費やしました。

何度も打ち合わせを設け、スタジオに足を運び、
毎日毎日明け方までメールのやり取りをしました。
夜中の0時にメールを送って、2時に返事がきて、
3時にまた返事をしたら、更に4時に返事が返って来るという有様です。

台湾や香港の少し派手なポップスを主に扱っている彼らに、
「もっとシンプルに」と言っても「シンプル」の定義は様々な訳ですから、
「私の目指すシンプル」をわかって貰わないとなりません。

色や、食べ物や、洋服...あらゆる物を例に取って、
もう何だか頭がおかしくなる位、表現し続けました。
イメージだけではなく、技術的な事もどう直すか、どう演奏するかを
具体的に伝えなくてはなりません。
ここに来て活躍したのが、昨年来星早々、購入したエレピです。
実際に「こう弾いて欲しい」と、自分で演奏し、データ化して送ったり、
ピアノに限らず、各楽器の演奏法も音色を変えて演奏して指示したりしました。
「ギターのアーティキューレーション、ここはこうして下さい」だの
「ドラムのブラシの音色が乾き過ぎている。私が欲しい音色はこうです。」
なんて言ってる自分に驚きます。

そうこうしている内に、
「あなたは、自分の音楽に明確なビジョンを持っていて、
それを理論的に相手に伝える事が出来るね。
 こう弾いて欲しいとデータを突きつけられた時は痛快だったよ!
 わかった。君の目指すものにとことん付き合おうじゃないか!」という事を
言って頂けるようになりました。

そして今、関わっている全ての人達が、大本気モードで取り組んでくれています。

恐らく彼らが関わっているアーティストの中で、私が一番無名だと思います。
しかし、この無名の小生意気な日本人女をみんなが非常に面白がってくれていて、
私は遠慮する事無く、自分の思っている事を全て相手に伝えられる
環境を整える事が出来ました。

それは私が偉いとか、自分の努力によるものという事ではありません。

まず、私が過去に共演して来たミュージシャン達のお陰です。
いつも言われ続けて来たのは、

「ただなんとなく違うというのはだめ。何が違うのかを明確に説明すること」
「黙ってわかって貰おうなんて甘い考えは捨てろ。言わなければ何も変わらない」

そして、人を動かす事の責任の重さです。
言ったからには自分もそれだけの事をやることを常に求めらました。
また彼らは、世界的に通用する「譜面の書き方」や「音楽理論」を
私にきちんと教えてくれました。
だからこそ、私は伝達手段を得る事が出来たのです。

そして、もう一つは、今接しているアレンジャー達の懐の深さです。
本当に大きな心と、忍耐強さで、私を受け止めてくれています。
「ダメ出しして、デモを7回作って貰った」と、事務所に言ったら、
「デモが7つ目だって! sachiyo、そりゃ記録だよ。って言うかやり過ぎ!
 彼はある有名なアーティストに5回作り直させられて、仕事を降りると
 我々にクレームを言ってきた事もあるんだからね。今の所電話はないけど...」
と言われ、ちょっと顔が青くなってしまいましたが...。

「それは余計です」だの、「過剰」だの、「添加物はいらない」だの、
散々言っていたので、私には「オーガニック・アーティスト」という
あだ名が付いてしまいました...。

関わっているプロジェクトメンバー全員が、
「シンガポールを代表するアルバムを作る」という
意気込みで取り組んでいます。
そして、このまま行けば、それは実現可能な事だと私は思っています。

長い事、ブログを書かなかったので、日本からメールを色々頂きました。
ご心配をおかけして、本当にごめんなさい。私は大丈夫です。
ミュージシャンとして最高に充実した時間を過ごしているので、
どうぞご安心下さい。

そして、ニューアルバムの完成を楽しみにしていて下さいね!