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2009年04月27日

両親の健康

ここに書こうか悩んだのですが、結果的には心配ない事なのでお話します。

母が、心臓の手術をしました。
彼女が病気とわかったのは、私がシンガポール行きを決めた後の事ですが、
元々体が丈夫ではなく、父も心臓病を抱えているので、
両親のそばにいたいという事は、シンガポール行きを決めた理由の一つにありました。
こちらに来て手術が必要とわかり、ああ神様に呼ばれていたんだと思いました。

手術が終わった直後に、手を握ってあげられる距離に居て、本当に良かったと思います。
結果は良好で問題なし。
今日、無事に退院出来ました。
これからは家事はもちろんですが、今まで彼女が面倒に思っていた事も、
私がすすんでやろうと思っています。

手術は、私が子供の頃からある、老舗のMount Elizabeth Hospitalで受けました。
(通称、Mount Eと呼ばれています。シンガポーリアンは何でも略す。)
個室に入院。バトラー(執事)も居て、ホテル並みのサービス。
▼広くて快適なお部屋でした。
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シンガポールの病院の最大の特徴は、多民族に対する対応が整っていること。
患者の人種に合わせた言語対応を行い、
(母のベッドの上には「English」という表示が貼られました)
食事は、中華、マレー、インド、ウェスタン、ベジタリアンと選ぶ事が出来ます。
母は胃は全く問題ないので、カレー&ロティプラタを選んだりしてました(笑)
▼机の上にはスペシャルオーダー用のメニューも載っていました。
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シンガポールはイスラム教徒の人も多いので、
ホテルや病院の天井には必ずあるこの表示もありました。
▼聖地メッカの方角を指す矢印。
26APR09_3.JPG
看護婦さんも中国人、インド人、マレー人と様々な人種の方が病室を出入りします。
今まで何とも思っていなかった光景ですが、日本の生活の後だと、
考えてみたら面白い国だと今更ながら思います。

あっ、ちなみに、待合室のドリンクの自動販売機は日本製でした。
でも中身はコーヒー、ジャスミンティー、
Teh Tarik (マレーのミルクティー)とRojakな内容。

シンガポールの医療技術は非常に高度で安心です。
システムもシンプルで、予約制度が徹底しているので、外来でもあまり待ちません。
病院は日本よりシンガポールの方がストレスフリーです。本当に簡単で楽。

それはともかく。
両親も確実に歳を取っている事を実感しました。
親孝行します。
皆さんもご両親の健康を気遣ってあげて下さいね。

▼退院後は日本食がいいかな?と今日のランチはこんなメニューを作ってみました。
27Apr09_lunch.JPG
梅おかかうどん&アボガドと豆腐のトマトの胡麻みそ和え&フルーツ。
料理、がんばろ。

2009年04月22日

Quarter Pounder with Cheese。

今年から日本のマクドナルドには「クォーターパウンダー」が、
メニューに加わりました。
このメニュー。世界的には定番メニューで、私も中学生の時に
シンガポールでマック入る時に必ずオーダーするのはこの一品でした。
そして私のトラウマメニューでもあったのです。

帰国子女が自分の居た国にもあり、日本にもあるお店や施設に入る時というのは、
実は以外と緊張するものなのです。
というのは日本は、日本独自の呼び名や言い回しがある事が多く、
通じない事や理解して貰えない事があるからです。
先日、演歌歌手のジェロ君が「日本で最初にマックに入った時は緊張した。」と
TVで言ってましたが、私はその気持ちがよくわかります。

帰国して、最初のマックデビューの日。
私は世界的には定番メニューである"Quarter Pounder"は当然あるだろうと思い、
でも"with cheese"と言ったらわからないかと思って、こう言いました。

sachiyo 「クォーターパウンダーを一つ下さい。チーズをつけて。」
店員さん「・・・。」
sachiyo 「では、チーズはつけないで。」(そういう事ではないんだが...。)
店員さん「すみません...クォーターパウンダーって何ですか?」
sachiyo 「えっ?わからない?...では、フレンチフライをスモールサイズで。」
店員さん「ごめんなさい...フレンチフライって何でしょう?」
sachiyo 「えー。フレンチフライもわからない...では、ビッグマックをお願いします。」
店員さん「わかりました。ワンビッグマックプリーズ!!」

なんで、「ワンビッグマックプリーズ!!」と英語で言うくせに、
クォーターパウンダーもフレンチフライもわからないんだ...?
日本人って不思議だ...と、当時の私は思いました。
後に、日本にはクォーターパウンダーはメニューに無く、
フレンチフライはフライドポテトと呼ぶ事を知るわけですが...。

そして今年に入り、水泳の北島君出演のマックのTVCMを見て、私は叫びました!!
「今更、クォーターパウンダーだとーっ!?」(失礼)
そんな話を関連会社のスタッフの男の子に言ったら、
「sachiyoさん、クォーターパウンダーの只券があるので、
これあげるから、リベンジして来たらどうですか?」

で、只券握りしめて、行って参りました。
sachiyo「クォーターパウンダーを一つ下さい。」
店員さん「はい。クォーターパウンダーですね!!」

通じた...(T_T)
何だか大袈裟な話ですが、私は涙が出そうになりました(笑)
そして「フライドポテト」と飲み物をつけて、店内でお召し上がり。
▼20年振り...いやもっとかも。念願のクォーターパウンダー。
Q_Pounder_1.JPG
▼中身はこんな感じ。
Q_Pounder_2.JPG
感想は...これは私が知っている"Quarter pounder with cheese"ではない...。
私がなぜ、このメニューを好んで食べていたか。
別に1/4ポンドもお肉を食べたい訳ではなく、最大の理由はシンガポールの
"Quarter Pounder"には玉ねぎのスライスがドーンと入っていたからなのです。
しかしこのクォーターパウンダーに入っている玉ねぎは、みじん切りでちょっと。
しかも「クォーターパウンダー・チーズ」って何だ?英語的におかしい。
「チーズバーガー」を「バーガーチーズ」とは言わないでしょ?
う〜ん。何だか嫌みなおばさんみたいになって来たので、批判はこの位にして、
取りあえず通じたのだから、まあいっかと、長年の恨み(?)をはらしたのでした。

そして今日。シンガポールのマクドナルドに行きました。
実はシンガポールでも、ある時からメニューから消えていた"Quarter Pounder"は、
日本同様"Double Quarter Pounder"という新メニューと共に、復活していました。
これは新メニュー導入のマックの世界キャンペーンだったのですね。

そしてこのような会話を。
sachiyo "One Quarter pounder with cheese please."
店員さん"Single or Double?" (区別してこう言います。)
sachiyo "Single please."
店員さん"Meal?" (セットを英語ではこう言います。)
sachiyo "Not meal. I'll just take 1 Quarter pounder and 1 small size French fries."
店員さん"OK. Sure!!"

▼で、来たのがこちら。
Q_Pounder_3.JPG
▼中身はこんな感じ。
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ライティングのせいで色が若干違いますが、
パッケージの質感が、日本とシンガポールではかなり違いました。
ビーフパテも、シンガポールの方がよく焼かれていますね。
そして問題の「玉ねぎ」。
昔のように丸々スライスではなかったけれど、写真でも少しわかるかな?
日本よりは厚めの玉ねぎが入っていて美味しい。

今回は父の会社で自分で紅茶を入れたので、飲み物はオーダーしませんでしたが、
シンガポールのマックの"Iced lemon tea"は絶品です。
生のレモンがギュッと搾ってあり、レモン自体も入っていて、
その辺の変なカフェで飲むよりずっと美味しいです。
逆に油であげるもの系。
例えば「フィレオ・フィッシュ」とか「チキンナゲット」とか。
こちらは、日本の方が美味しいです。
油は日本の方が上質なものを使っていると推測します。

何だかマックオタみたいな内容になってしまいました(笑)
こんな比較するの、私くらいかもしれませんが..。
以上、Quarter Pounder、日本シンガポール比較でした。

2009年04月20日

Singaporeに着きました!!

シンガポールに無事に着いております。
日本最後の1週間は、送別会に仕事の最終仕上げ、各種手続きと荷造り...
もう目の回るような忙しさだったので、こちらに来てもしばらく死んでおりました。
ご報告が遅くなって本当にごめんなさい。

日本最後の1週間。
また色々な方達に会い、話し、送り出して頂きました。
最初にお会いしたのは胡暁子さん。
タイガーバーム3代目社長、胡一虎氏に嫁ぎ、ご活躍ぶりは周知の事実。
アジアで最も有名な日本人の1人でしょう。
▼胡さんと。
Apr6_MsAW.JPG
ここ2年位でしょうか。とても可愛がって頂き、よくお食事をご一緒しました。
いつも朝から髪をきちんと結い上げ、センスのよい民族衣装を身にまとい、
はっきりとした口調で、真実をズバッと言われる。
元気が無くなると、彼女のオフィスにお菓子やお花を持ってお邪魔しました。
ご一緒するといつもエネルギーを頂きます。
この日も会うなり「シンガポールに行かれるって?日本の男に見切りをつけたの?
それがいいわ。並の日本男子はあなたには無理でしょう。」と言われました(笑)
シンガポールで自分はどう生活し、どう在るべきか、この日もたくさんの
ヒントを頂きました。シンガポールでの再会を約束し、お別れしました。

その日の夜には、関連会社のスタッフに送別会をして頂きました。
▼Farewell Message Plate。
 蘭のオルゴールにメッセージ入りのプーさんも頂きました。
6Apr09_Aristo_1.JPG 6Apr09_Aristo_4.JPG
▼桜の木の下でみなさんと。
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その翌日は、短大の友達とAgで送別ランチ。
▼短大の友達と。
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▼Agのスタッフと...そしてみなさんから激励のプレートを。
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ランチ後は、現地での手続きに必要な卒業証明書を取りに大学へ。
▼我が母校。
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▼桜並木がきれいだった!!
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新入生のサークルへの勧誘がたくさん行われていましたが、
誰からも声がかからず。あたりまえですが(笑)
大学へ行った後は、2日完徹で荷造りを行い、船便で出しました。

そして週末にはおばあちゃんの顔を見に、病院へ。
▼おばあちゃんと。
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88才のおばあちゃんを目の前にして、シンガポールに行く...。
色々な想いが頭をよぎりますが
「また会えるように、ちゃんと長生きしてるから大丈夫。」と言われ、
定期的にお手紙をちゃんと書こうと決意しました。

その翌日には、ROUROUさんとAURUMでランチ。
▼ROUROUの陽ちゃんとマキちゃんと。
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2004年からライブでの衣装のご協力を頂き、オリジナルのTシャツを作って頂いたり、
マキちゃんにはシンガポールに来て頂いた事もありました。
同じアジア看板の同士として、彼らの支えは本当に大きかった。
▼AURUMのスタッフとも記念撮影を。お花も頂きました。
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▼その数日後、お餞別にとROUROUさんからプレゼントが届きました。
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シンガポールのリトル・インディアで購入したサリー生地で仕立てられた、
着物襟とスリーブのドレス。まさに日星融合の想い出深い一品です。
いつかシンガポールでこの衣装を着て、ライブを演りたいなと思いました。

その翌日、翌々日も、親友達と最後の飲み会が続きました。
▼フェスティバルでお世話になったAfter the Sunsetで最後のsachiyo slingを。
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お世話になった、全ての人とは会えなかったけれど、
本当にギリギリまで人に会う事をあきらめませんでした。

発つ朝。
日本とシンガポールを子供の頃から100回は往復していると思いますが、
成田で初めて泣きました。
出発するギリギリまで携帯のメールが絶えず、
今まで自分が築き上げてきたものの尊さを感じ、みなさんの温かさが身に染み、
1人日本に残す弟を不憫に思い、色々な気持ちが交錯して涙が出ました。
日本で活動して12年。私は本当に大きな、大きなものを皆さんから頂きました。

でも、たくさんの方の期待を背負っているからと言って、
シンガポールで、がむしゃらに活動をしようとは思っていません。
1日ぼーっとしていた...そんな日は1日も無かった12年間。
とにかく死にものぐるいでやって来ました。
私の心はまだ日本にあります。
しばらくはゆっくりして、心も体も十分に休めて、
本当の意味で日本での生活に終止符が打てるようになった時、
少しずつ再開して行こうと思います。

ブログ、がんばって更新しますね。見守っていて下さい。

2009年04月04日

AURUM一周年記念Party

昨夜は弟のレストランAURUMの一周年記念Partyがあり、歌って参りました。
オープンして1年。銀座で生き残って行くのは大変と思いますが、
我が弟ながら、よくがんばっていると思います。

Partyは出演者が多数居て、エンターテイメント満載な夜でした。
私は出演者兼、代表の姉という微妙な立場でしたが、
自分なりの選曲で歌って参りました。
▼liveの模様です。
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ギター、ベース、ドラム、ヴィブラフォンという編成で歌わせて頂きました。
選曲は「花」、「Bengawan Solo」、「ありがとう」の3曲。

▼ヴィブラフォンとの共演は、Jazzを歌っていた頃以来...久しぶりでした。
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お客様皆さん、真剣に聴いて下さって、泣いてる方もたくさんいらっしゃいました。
お祝いの席がちょっと湿っぽくなってしまったかな...?
でも、私達家族にとって「ありがとう」という曲は特別な意味合いを持つ曲なので、
やはりあの場で歌わせて頂けた事は良かったと思っています。

出演者の中には、著名なダンサーさんお二人も居て、
最近私も踊っただけに(笑)、ガン見してしまいました。
▼日本舞踊を取り入れた、ジャポニズムな舞い。
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▼情熱的なコンビネーションでした。
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お二人とも、中国出身のトップレベルのダンサー。
控え室が一緒だったので、お話が弾みました。
「花」の北京語の発音も、密かにチェックして頂いたりして...(笑)
▼日本国籍を持つ、女性の方のダンサーの中西舞さんと。
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▼パーティー終了後には、まかないのパスタが出ました。
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桜エビをふんだんに散りばめたパスタ。
さすがAURUM!! まかないもハイレベルです。

最後には、弟が「姉ちゃんと写真撮るか...」と珍しく言って来たので、
2ショットで写真を撮りました。
私の12年間の日本での音楽活動は、彼のサポート抜きに語る事は出来ません。
3月29日の最後のライブに来るはずだった彼は、当日高熱を出して寝込み、
せっかくの沙枝ちゃんとの共演を観る事が出来なかったので、
最後にAURUMで歌を聴いて貰えた事は本当に良かったと思っています。
歌っている最中、後ろで弟がうんうん頷いて聴いていた事は、姉ちゃんは知ってるぞ。
▼表情が硬くて何度も撮り直し。やっと出た笑顔(笑)
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これで日本での全てのライブが終わりました。
寂しいけれど、前向きに。ひたすら前向きに。
さあ、これから鬼の様な荷造り&送別会もまだまだある...もうひとがんばりです。