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2007年11月30日

柳沢さん、さようなら。

昨日は、函館シンガポール協会の会長である柳沢勝氏が急死され、
告別式に出席する為、急遽函館に行って来た。
柳沢さんには、愛知万博で初めてお会いして、
昨年のシンガポール・フェスティバル、
そして函館でのCD発売記念ライブでは、大変お世話になった。
私のサイトのphotosの函館でのライブで、
私に花束とケーキを渡して下さっているのが、柳沢さんである。
数回しかお仕事をご一緒出来なかったけれど、訃報を聞いた時、
「函館に行こう。」と、何の躊躇もなく思った。

私は自分の好きな事を仕事にして幸せですね、とよく人に言われる。
それはもちろんそう。とても幸せな事である。
けれど、こと「ビジネス」となると、理不尽なこと、辛いことも多々ある。
ミュージシャンは、「自分自身」を商売にしていて、それを全身で受けるため、
心から傷つく。
私は別に有名でもスターでも何でもないけれど、自分の音楽を大切にしている。
プロの歌手だという責任感とプライドもある。
柳沢さんは、私の気持ちや立場、ちっぽけなプライドを大切にして
接して下さった方だった。

函館屈指の実業家である柳沢さんは、一代で今日のマルカツ魚長食品グループを築いた。
地域経済の発展に多くの貢献を残し、函館とシンガポールの友好関係にも心を尽くされた、
世界で唯一人のシンガポール政府観光局名誉観光領事である。
シンガポールを通して知り合う事が出来た私は、
昨年、日本とシンガポールの国交40周年記念イベントとなった
シンガポール・フェスティバルと私のCD発売記念ライブの協力要請で、
2度函館を訪問した。

1年前に万博でお会いしているとは言っても、あれだけの大物である。
私の事など覚えてないだろう、初めましてから始めるんだろうなあと思っていたら、
会うなり、「万博以来ですね。久しぶりです。函館までよく来てくれました。」
と、笑顔で握手をして下さった。
そこから社長室で色々なお話をしたが、お話の内容や周囲のスタッフへの配慮を
見ているうちに、「この人はパパと同じだ」 と、思った。
娘の私が言うのも何だけど、私の父も世界有数の日本人である。
とても生意気な言い方だけど、父のような仕事の仕方、気配りが出来る日本人は、
そう居ないと思っていた私は、ここにもう一人居たと正直びっくりした。
「わかりました。大丈夫ですよ。出来る限りの協力をしましょう。
安心して歌って下さい。」と、言われた時に、世の中に「絶対」はないけれど、
何故だか私は「絶対大丈夫だ」と思ってしまった。

2つのイベントを実現させるまで、柳沢さんの心遣い、気配りは実に驚嘆に値した。
約束して下さった通り、私が安心して歌える最高の環境を用意して下さり、
本当に何から何まで面倒を見て下さった。
柳沢さんの仕事ぶりは、経済的に余裕があったから出来たという事ではなく、
そこに「心」があった。だから嬉しかった。
限られた時間だったけど、仕事に対しての姿勢、家族のこと、
シンガポールを大切に思っていること、色々なお話をして下さった。
「函館のクリスマスは奇麗だよ。今度はクリスマスの頃に歌いにいらっしゃい」と、
言って下さったのが、本当に昨日の事のようだ。

告別式は、国内外から2,500人もの人が集まった。
ナザン大統領からの弔電も読まれた。
シンガポール関係者も多数出席された。
▼会場には柳沢さんの一生、思い出の写真や品々が飾られ、
 シンガポールとの友好関係の記録等も展示されていた。
 あちらこちらに飾られているデンファレに胸が締め付けられた。
11_29_1.JPG 11_29_2.JPG

盛大な献花式の告別式で、端々に、弔辞の言葉の数々に、
柳沢さん同様に「心」が感じられる素晴らしい告別式だった。
何より、柳沢さんに代わって、代表取締役となったご長男、政人さんの
重圧は大変なものだろうけれど、確かな決意を感じられる謝辞に心を打たれた。
同時に、自分自身を、弟の姿を投影してしまい、涙が止まらなかった。
参加された人々、それぞれに、柳沢さんとの交流の想い出があるのだと思う。
みんな泣いていた。

夜に、シンガポール大使館でのパーティーがあったので、夕方の飛行機で東京に戻った。
華やかなパーティーに出席していると、ついさっきまで告別式に出席していたのが、
嘘のようだった。
色々な人に柳沢さんの事を聞かれた。目が腫れているねと、たくさん言われた。
シンガポールに関係する、悲しい事と楽しい事、両方を味わった日だった。

「シンガポールが独立した1965年は、私が自分の会社を起こした年と同じでね。
あんなに小さな国が、世界で生き残ろうと一生懸命がんばってる。
私は本当に心から応援したいと思っているんですよ。」
大使館にあるシンガポール国旗を見ながら、柳沢さんが言っていた言葉を思い出した。
父に一度、会って欲しかった。

柳沢さん、どうぞ安らかに。ゆっくり、ゆっくり休んで下さいね。

2007年11月22日

マンガ。

さてさて、ブログ書こうと思います。
いつも何を書いたらいいのだろうとか、こんな事を書いていいものやらかと、
思っている事はたくさんあるのですが、色々考えてしまって書かなかったりして。
でも、まあ、思うままに書いてみようと思います。

唐突ですが、今日は漫画について。

最近、漫画が原作であるドラマや映画が多い気がします。
漫画は子供の頃はよく読みましたが、大人になってからはあまり読まなくなりました。
しかし3年前位から、ある男友達が、私に似ている主人公を見つけたと言っては
漫画を貸してくれるようになりました。なぜか全て女性ものの漫画なのです。
貸してくれるものが全部面白いので、すっかり漫画にハマってしまいました。
3年前に彼が最初に貸してくれたのは、以前もdiaryで触れた事がある
一条ゆかりさんの「プライド」。
2年前に持って来たのは、望月玲子さんの「タケコさんの恋人」。
そして、1年前に持って来たのは、現在ドラマ化されている
安野モヨコさんの「働きマン」でした。
今まで彼は何十冊という漫画を貸してくれたのですが、この3つは非常に印象に残り、
「プライド」は当初1、2巻しか借りませんでしたが、
結局3巻〜8巻は自分で買ってしまいました(笑)

それぞれの主人公について詳細に書くと、長文になりそうなので止めときます。
興味がある方はご覧になってみて下さい。
麻見史緒ちゃん、タケコさん、松方弘子と私が似てるかどうかなんて話をすると
語弊がある気がするので控えますが、この主人公達の性格に私は十分に
共感できるし、また3人に共通する性質を見出してしまったので、
今日はそんな事をつらつらと書いてみたいと思います。

●まず、責任感と正義感がある。 というか、あり過ぎる。

性格を一言で言えと言えば、もうこれに尽きるのだと思う。
これ故に向上し、これ故に失敗する。

●他人を見ない。あくまでも自分と勝負する。

自分に厳しい。
恐らく世界中の誰もが褒めても、自分が納得しなければ寝れない。
「今のままの自分でよいのか」と、常に自問自答しているタイプ。

●繊細だが、強い。 強い、でもやっぱり繊細。

どちらも言えると思ったので、両方書きました。

●女であることを大事にしている。しかし、女である事に甘えてはいない。

おしゃれに手を抜かない。泣き言も言わない。

●人に気を遣い過ぎるわりに、率直である。

だから時々相手を怒らせるんだな、これが。

●人に甘えるのが下手。

全部、自分で背負い込んでしまう...。

●恋愛に不器用である。

相手の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちを上手く伝えられない。

●「ありがとう」 と 「ごめんなさい」を、きちんと言える大人である。

大人になるとこの言葉の意味が重くなる。
だからこそ、ちゃんと言わなくてはいけないのだ。

●現実を知っている。それでも純粋である。

生きて行くのは苦しいと思う。

●自分に自信がある訳ではない。けれど、自分を信じている。

だから、結構わがままなのかもしれない。

私が着目した点について書き留めてみました。
「働きマン」の主人公に自分を照らし合わせて、共感している女性は多いと思います。
「がんばり過ぎだと思う」だの、「適度を知らなくてはならない」だの言いながら、
決して自分自身の手綱を緩めようとしません。出来ないのだ。
ならば、どこまでもやってみればよいのではないか。
苦しいけれど、人の何倍もの濃い人生が送れるのだから...と思います。
manga.JPG

2007年11月12日

ありがとうございました。

一昨日の10周年ライブにお越し頂いたお客様、ありがとうございました。
冷たい雨の中、本当にたくさんの方に来て頂いて...。
たくさんのお花とプレゼント、心より感謝しております。
例の如く、死んでおりまして...お礼が遅くなってしまって、すみません。
全曲20曲、3時間近くに渡る長丁場(にしてしまってごめんなさい)。
想像以上にハードで、昨日は体が全く動きませんでした...。

ミスタッチあり、歌詞も間違えるし、プロとしては本当に情けないライブで、
皆さんを保護者の様な気持ちにさせてしまった事を申し訳なく思います。
特に「心の声」!!
あれは前代未聞だわ...ほんとにごめんなさい(;_;)

でも、でも。
本当に申し訳ないライブだったけど、やってよかった。
10周年という節目のライブを、自分の演奏で1曲1曲送り出せた事は
何にも代え難い喜びです。

1曲1曲、拍手のタイミングを見計らう程、私の楽曲を大切にして下さった
皆さんの温かさ。涙が出るほど嬉しかったです。
10年後のライブで着ようと、10年前にシンガポールで購入したドレス。
着て歌えた事も嬉しかった!!
▼Live!!
live_2.JPG

ライブ終了後、弟のお店Agで、打ち上げを行いました。
Agのスタッフが用意してくれたバースデーケーキは、
何と音符とマイク付き!!▼
cake.JPG
ライブ後の心地よい疲労感と、美味しいお食事、楽しいおしゃべり...。
10周年と共に、極上の誕生日を迎える事が出来ました。
▼みなさんとパチリ
1110party.JPG
その後3次会は西麻布に移動して、After The Sunsetで、"sachiyo sling"祭り。
もう帰りたくなくて、帰りたくなくて...終わりたくない1日でした。
だから昨日は死んでたんじゃないのー?なんて言われそう...ははは(笑)

ライブはあれが全て。あれが今のありのままの私です。
10年間のライブの中で、自分を1番さらけ出す事が出来たライブでした。
10年経って、ようやくスタートラインに立てたような清々しい気分です。
過去の自分の中にあった気負い、おごり、見栄、何かそういったものが
どこかに行ってしまって、真っ白な気持ちになれました。
あ〜またここから一歩、一歩、がんばっていけばいいんだと思いました。
集大成のようなライブが終わったら、また新たな目標が見つけられるのか
不安だったのですが、いやいや課題は多いし、やらなくてはいけない事が
山程あると感じました。
まだまだ未熟な私ですが、今後も精進して参りますので、
これからも応援して下さい。よろしくお願いします。

本当に、本当にありがとうございました。

2007年11月09日

いよいよ明日!!

だっだめだ...(T_T)
今更ながら、歌とピアノが違う事をやるのはむずかしい...。
心臓が口から飛び出そうです。
でも、がんばります!!(最近、こればっかり)

事務所の予約受付は全て終了しました。
たくさんのご予約、本当にありがとうございました。
当日券もありますので、ご都合が付いた方はぜひ。
晴れ姿、見に来て下さい。

sachiyo

2007年11月05日

10周年ライブ。

ブログが1ヶ月も空いてしまって、すみません。
実は、ピアノの弾き過ぎで、少々腱鞘炎気味になってしまいまして、
keyを打つのが、ちょっとムズカしい...感じでした。
もう大丈夫なんですけどね。
適度って言うのが出来ない性格でございます。

さあ、いよいよライブは今度の土曜日。
1週間を切りました。
もう何をやっていてもピアノの事が気になってしまって、落ち着かない感じです。
やれる事は色々やっておこうと思い、実は昨夜、マンダラに行って来ました。
ピアノのタッチを確認したかったのと、早めに仲良くなっておきたかったのです。
ライブ終了後の遅い時間にも関わらず、ピアノをセンターに置き、
照明を当て、本番同様に準備して待って下さっていたマンダラスタッフの皆さん。
本当にありがとうございます。

▼マンダラのピアノ君。当日、よろしく頼むよ。
mandala_piano.JPG
これまで自分が作った曲を、1曲1曲愛でるように練習しています。
あ〜これを作った時は、あんな事があったなーとか、
曲を作った時の事を色々思い出したりして。
なかなかいい曲作るじゃんなんて、自分で思ったりして(笑)

最近、フィギュアスケートの大会の模様がTVで繰り広げられていましたが、
フィギュアスケートとライブはよく似てるなあと思いました。
芸術性と技術力の兼ね合い、1曲の演目の中でどれだけ自分の世界を表現出来るか、
ジャンプやスピン等の高度な技はもちろんの事、基本のステップや指先1本まで細やかに
気を配れるか...。そしてたくさんの人が見ている中での演技は、緊張と不安で、
本来の自分の能力の70%位しか発揮する事が出来ません。
舞台には魔物もたくさんいます。
本番で最高の演技が出来るように、体調を整え、精神力も養わないといけません。
全てライブに置き換える事が出来るので、私はスケートの試合を見ていると、
選手の気持ちがよくわかるので、涙がぽろぽろ出て来てしまいます。

私が作った楽曲は、ジャンルは様々、あらゆるテンポの曲があります。
私はピアニストではないので、ピアノはピアニストにお任せしようと、
作った当時は自分では弾けなかった曲が何曲もあります。
しかし、へたくそだろうが何だろうが、作った本人だからこそ表現出来る
ピアノがあるのだと信じて、がんばろうと思っています。
全20曲、選曲しました。
自分的に、3回転ジャンプの連続みたいな曲もあって不安ではありますが...
がんばります!!
皆様のお越しを心よりお待ちしております。