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2007年03月31日

さくら想い。

気が付けば、3月最終日。
明日から4月、新年度なのですね。早いものです。
ラジオでブログをがんばってアップするなんて言っておいて、
また間が空いてしまって、すみません。
インフルエンザの後遺症か、体の調子があまりよくなく
動きがスロースローになっていました...。
もう大丈夫なんですけどね。

東京は桜が満開。
南国の、カラフルな色の花に囲まれて育ったせいか、
淡く、はかない色合いの「さくら」は、私にはとても魅力的に映ります。
桜を見ながら日本酒をちびりちびりなんて良いですネー(笑)
日本人に生まれてよかったと思える瞬間です。

桜は年度の節目に咲くせいか、自分の心を投影してしまいます。
今年、桜を見ている自分の心はきれいだろうか。
去年より曇ってしまってはいないだろうか。そんな事を考えてしまいます。

インフルエンザで寝ている時、実は私は自分の一枚目のアルバム、
"sachiyo sings singapore"を聴いてみたりしていました。
自分の一枚目のアルバムは、私にとっては未熟さばかりが浮き彫りになってしまって、
これまで自分自身ではあまり聴こうとはしませんでした。

アルバムは発売する時点でも、歌手にとっては「過去のもの」になってしまいます。
最高の歌をアルバムに残そうとレコーディングに臨むのですが、
実は歌は、アルバムを完成させた後の方が、劇的に変わる気がします。
形に残そうとする事で、徹底的に自分の歌を見つめ直すせいかもしれません。
二枚目のアルバム"Rojak"を出した事で、私にとって一枚目は「過去の過去のもの」
という感じになってしまって、更に聴かなくなってしまいました。

しかし、一枚目のアルバムを出してからもう3年。
年数も経っているし、だいぶ客観的に捉えることが出来るようになったせいか、
自分のラジオ番組などでも自分の曲をかける機会が増えたせいか。
改めて聴き直してみると、自分で言うのもなんですが、「悪くない」のです(笑)
もちろん今より技術的には未熟なのですが(今もまだまだ未熟なんですけどね)、
なんて言ったらいいのだろう、「志」のようなものが、はっきり見えるのです。

一枚目のレコーディングが終わった時に、私は自分のあまりの未熟さ加減に泣いてばかりいて、
そんな事をレコーディング・レポートにも書いたりしていたら、アルバムを買って下さった
あるファンの方からメールを頂きました。
「sachiyoさんは、もっともっと良い歌をと思うのでしょうが、
 でも私には、sachiyoさんがしっかりと前を向いて歌っている姿がはっきりと見えますよ。」
当時、このメールに本当に救われた事を、ベッドの中で思い出しました。

歌の技術は向上したかもしれない、でも私は初心を忘れていないだろうか。
経験を積むという事は、良くなるだけではなく、実は悪くなる可能性もあるのです。
私の歌は、作品は、そして心構えは、悪くなってはいないだろうか...。

もし何か違うと感じてる事があるのなら、改めよう。
ごちゃごちゃ言っている位なら、練習しよう。
桜を見ながら、そんな事を考えました。
さくらさん、ありがとう。

2007年03月18日

20日放送の"Rojak Rojak"

ここの所、毎日寒いですねー...。
今日外出したら、あまりに風が強くて、郵便局の前にある赤いポストの陰に隠れて、
風が止むのを待っているおばあちゃんがいました...。

私もついにインフルエンザにかかってしまい、ダウン。
ちょっと位の風邪は引いてしまっても、本当に注意していたので、
ここ10年位はインフルエンザにかからなかったのですが、外部からの侵入は塞げなかったです。
40度の熱が出てしまうと、人間本当に何も出来なくなってしまいますね...。
皆さんも気をつけて下さい。

ベッドで寝ている時、なぜかずっと「海南チキンライス」の事を考えていました(笑)
寝れない時に「羊が一匹、羊が二匹」と数えるのはよくある話ですが、
「チキンライスが一つ、チキンライスが二つ」と考えてしまったのは、
先日夢飯のマスターに会ったせいか...。
日本で最初の「海南チキンライスの専門店」を出された夢飯さんは、今年3月21日に7周年を迎えます。
その前日3月20日放送の"Rojak Rojak"には、マスターの伊藤ルイさんにゲスト出演して頂いて、
その魅力をたっぷり語って頂きます。
夢飯さんからリスナーの方への「スペシャル・プレゼント」もありますので、
ぜひ聴いてみて下さいネ。
Inter FM(76.1)にて、22:30〜の放送です。

2007年03月08日

大人の楽しみ。

弟がイタリアに関連した新規事業を始めるため、イタリアを廻って来ました。
すっかりイタリアかぶれになってしまって、ワインレッドの皮のコートに身を包み、
「ゴッドファーザー・愛のテーマ」を、よく鼻歌で歌っています(笑)
仕事の関係で、なんとあのサルバトーレ・フェラガモ氏にもお会い出来たそうで、
フェラガモ氏からワインを1本プレゼントされたと言って、鼻を膨らまして帰って来ました。

フェラガモと言えば、あの超高級ブランド。
私もシンガポールの広告代理店で営業をやっていた頃、
イタリアブランドにかぶれた時代があり、服はマックスマーラ、靴はフェラガモ、
バッグはグッチと、いや〜な感じの出で立ち(笑)で、会社に通っていた頃がありました。わはは。
その時、シンガポールはバブルだったしね。
ただ、ロゴが全面に出ているような、人目でそれとわかるブランド・ファッションは嫌いで、
フェラガモもプレーンなローファーを履いていました。
脱サラして10年は経っておりますが、今でもそのローファーは大事に履いております。
足に馴染んだ革靴というのは、本当に気持ちのよいもので、手放せません。

さて、そのフェラガモ氏から頂いたワイン。
両親が帰星する前日、3人でインドカレーと一緒に頂いてしまいました。
なんという極上の味...。
ソムリエのような上手い事は言えませんが、苦みと酸味が程よくて、
重みがあるのだけど、インドカレー(と組み合わせるのもどうなのかと思いますが)の
邪魔に全くならない。
しかし、インドカレーでお腹一杯になってしまって、グラス2杯分位残ってしまいました。

両親も帰星してしまったし、さあこのグラス2杯分のワインをどう楽しもうか。
先日、ベルギーはノイハウスのチョコレートを頂いたので、甘いものはこれでOKでしょ。
塩みのあるおつまみを選ぼう。
ブルーチーズに、大好きなアンチョビをスタッフしたオリーブを購入。
マーライオンの取っ手のピューター(マレーシアのすず製品です)のワイングラスにコクコクと注いで、
頂いてしまいました!!(横文字ばかりで、またもやいや〜な感じです。)

至福の時...ああ、大人になってよかった!!
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2007年03月04日

世界らん展日本大賞2007

東京ドームで開催されている世界らん展に行って来ました。
蘭好きの私としては、毎年楽しみにしているイベントです。
昨年の模様もdiaryに書いているので、ご興味ある方は読んでみて下さい↓
diary_feb/24/2006
今日、3月4日が最終日でしたが、皆さん行きましたか?

私的には、今回何がよかったかと言うと、蘭の女(ひと)、うちの母の事ですが、
彼女がたまたま来日していたので、一緒に行けた事がとても嬉しかった。
私達親子にとって、シンガポールの国花の「蘭」はやはり特別な存在で、
一度見せてあげたいと思っていたので、それが実現出来たのは本当によかった。

ただ、例年に比べて、全体的にちょっと大人しい印象を受けました。
別に派手にする必要はないのですが、何となくちょっと元気がなかったかな?
それでも「世界らん展」という位ですから、これだけの規模の蘭の展示はそうないと思うので、
十分に楽しめるのですが...。

いつも通り、土日は混むので平日に行く事にして、閉演間際の「光のオーキッド・ファンタジー」
(会場の照明を暗くして出展作品をライトアップしている)目当てで15:30頃に行き、
イブニングチケットを購入。
会場は、テーマに沿って何ゾーンかに別れているのですが、
各テーマ、大体毎年ほぼ同じ場所に展示されているので、周り方も心得て来て、
「まず大物の展示をざっと見て、それから序々に小さいものを見ていこう。買い物は最後ね。」
なんて言ったら、母に「あなた、ガイドさんみたいね」と言われ、笑われました(^_^;)

最近、音楽的にもそうなのですが、主張し過ぎるものより「引きの美学」みたいなものを
追求している作品に心を引かれるので、そういった作品に目が行く事が多かった。
私も年を取ったのか...(笑)
生の蘭ももちろん素敵なのだけど、今年心を奪われたのはなぜか、
「美術工芸作品」や「フラワーデザイン」ものだった。
「最優秀作品」に選ばれているものが「なぜ最優秀なのか」を自分なりに理由を分析したりして。
選ばれているものが、「緻密な計算の上に成り立っている自然なバランス」とでも言うのでしょうか。
若い時には絶対わからないような理由が見つけられた時は、何だか嬉しかったりして。

資生堂さんが「らん展」限定で発売されている蘭グッズは、今年もチェックしました。
今年の蘭は「パフィオペディルム デレナティー」(絶対、二度言えない)
うん、今年の香りは好きですねえ。
一瞬今年は、香水を買うか?と悩んだけど、やっぱりいつも通り、油とり紙と一筆箋のみを購入。

今回新しく買ったものは、「蘭の花茶」。
以前シンガポール・フェスティバルで、「蘭の紅茶」をお客様にサーブするのはどうだろうと考え、
シンガポールのマンダイ蘭園にそれがあると聞き、訪ねた事があるのですが、
生産中止になってしまい入手出来なかった事がありました。
早速ゲットして、家で飲んでみたけど...う〜ん、ごくごく普通の味でした。
コンセプトとしては、よいのだけどね。

自分の中の蘭熱がヒートアップしてしまったので、3月6日放送の"Rojak Rojak"は、
「蘭」をテーマにした内容になっております。
ぜひ、お聴きになってみて下さい!!
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2007年03月01日

おばあちゃん。

ライブも終わって仕事が少し落ち着いたので、祖母に会いに行きました。
以前このブログで父方の祖母の事を書いた事がありますが、
今回会いに行ったのは、母方の祖母の方です。

私が親元を離れて帰国したのは、高校生の時でした。
高校は保護者が必要で、保護者代わりになってくれたおばあちゃんと
3年間二人きりで生活しました。
こういう理由がなければ、祖母と二人きりで生活する機会なんてなかったと思います。
芯が強くて、口が悪い祖母とはケンカが多かったですが、
大学に入学して一人暮らしを始めてから思い出すのは、
寒い日に用意してくれた甘酒とか、お布団にそっと忍ばせてくれた湯たんぽとか、
ほくほくのかぼちゃの煮物とか、おばあちゃんの温かい部分ばかりでした。

社会人になって、おばあちゃんが肺ガンになった時、恩返しの気持ちで、
3ヶ月近くの入院生活、毎日病院に通いました。
当初、ガンである事を黙っていたので、おばあちゃんとバイバイをしてから、
こっそり裏口から担当のお医者様の部屋に入って、話し合った事もありました。
長年病院勤めをしていた祖母は、薬や検査に詳しく「自分はガンではないのか」と
問い正す彼女に「そんな訳ないでしょ」と笑顔で言って、
家に帰ってから大泣きする事も何度かありました。
幸いガンは手術で完治しましたが、今度は脳梗塞、麻痺してしまった左半身を
毎日一生懸命リハビリして、動かそうとがんばっています。

おばあちゃんは戦争中、中国に居たので、北京語を少し話す事が出来ます。
満州で母を産み、終戦後日本に引き上げて来ました。
満州での生活、帰国への道程は想像を絶するもので、
この時の模様を「私の人生の原点、満州」というタイトルで、母が本にまとめています。
彼女の強靭な体力と精神力はこの時の生活で培われたもので、
おばあちゃんの言葉は一つ一つ重みがあります。
父方の祖母も戦争中は中国に居て、父は青島で生まれました。
双方の祖母が両親を日本に無事に連れて帰って来なければ、私は生まれてこなかったでしょう。
現在放映されている「華麗なる一族」の原作者、山崎豊子さんの代表作である
「大地の子」がNHKでドラマ化された時、私はシンガポールに居て、両親と一緒に
このドラマを見たのですが、両親が声を上げて泣く姿を私は初めて見ました。
危うく残留孤児となったかもしれない、自分の姿に重なるものがあったのだと思います。

私は中国語の歌を歌う時、自分が体験したシンガポールでの中国文化、
両親の生まれた国である事、そして双方の祖母の事を想いながら歌います。
なぜかとても懐かしい気持ちで歌う事が出来ます。

おばあちゃんのそばに居ると、何だか安心してしまって、私はいつも眠くなります。
一緒に生活している時も、私はよくおばあちゃんのそばで昼寝をしました。
おばあちゃんに毛布をかけて貰う瞬間が大好きでした。
今回会いに行った時も、おばあちゃんは車椅子、私は彼女のベッドで寝てしまうという始末(笑)

おばあちゃん、おばあちゃん。
たくさん長生きして欲しい。
でもきっと、もう会える時間は残り少ないのだと思います。
後で後悔したくないから、出来るだけ会いに行くね。
そして生きてゆく上で大切な事を、まだまだ私に教えて欲しいです。
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